深大寺

亡くなった猫の遺体を深大寺の動物斎場で火葬にした。3時に予約し、一家4人で斎場に向かう。妙に細い道でわかりにくい場所だったが、扱いは丁寧でよかった。火葬するまえに、ダンボールから出し、敷いているビニール類を取り除く。ダンボールやビニールなどは焼くと黒くなって大変とのこと。そこで猫を取り出してタオルにくるみ、花をまわりに敷き詰めてやる。ほぼ同じ年月一緒に育った息子が泣いている。今思い出しても泣けてくる。熱い火に猫を入れることが耐え難い思いはあるがお別れをする。約1時間ほどで骨に変わった。そのまえにもう人形のようだったので、私は覚悟ができていたが、息子が鼻をすすって泣いている。我慢なんかすることないよ。泣けるときは泣くことだ。立派な骨だ。脚も立派。歯もあった。首輪やネームプレートなどは溶けてしまったようだ。のど仏を最後に入れて骨壺を家に持ち帰る。今は居間に置き、しばらく安置するつもり。昨日は身体があったが、今日は骨になってしまった。お前は昇天したよな。本当に最後まで有り難う。本当にいい猫だった。

こうして全てが思い出になってしまった。
昨日までは毎日作りだしていたものが、これからは思い出の中にしか生きてはいない。
その切なさに、多分皆泣けてくるのだろう。

諸行無常、悲しいことばかりではないはず。